2014年8月11日。後志地域生物多様性協議会が企画した日帰りバスツアーに参加した。「国内自生北限域のアユとブナ林を訪ねる黒松内コース」というチラシタイトルに魅かれたからである。エゾシカ問題は様々な問題を抱えているが、つまるところはヒトをも含めた北海道の生態系バランスの乱れに行きつく。多種多様な生物群と如何に共生していくべきか。生きた情報に触れたいと思った。もとより生物学とは無縁の筆者。ゼロからの知識吸収である。記憶は日々に薄れるもの。車中メモを整理した。
日本は南北に約3000km。国土の68%が森林という森の国。そこに茂る樹木は1,500種。「森、川、海のつながりと恵みを学ぶ」学習が出発直後のバスの中で始まった。講師は黒松内町 環境政策課の高橋氏。氏は理学博士の肩書を持つ専門家。更にビデオが加わったのでいうことなし。質の高い内容となった。
日本の植物分布の南北の境界として知られる黒松内低地帯は、渡島半島の付け根部分にあたる。東西を高い山に挟まれ、海(太平洋の内浦湾)から海(日本海の寿都湾)まで南北に帯状に広がっている。この地域は北海道と東日本の気候の境目であることから、此処を分布の境界としている生きものがいる。北限の生き物としてはブナ・アユ等。一方で、此処を南限とする生き物はエゾマツ、オショロコマ、イトウ等だ。
黒松内町は低地帯の中間になだらかな丘陵という形で位置している。地名の語源はアイヌ語の「クル・マツ・ナイ」。「倭人の女のいる沢」という意味をもつ。貝化石が多く出土するため、遠い昔、この地は海だったと考えられている。
○車中で「アユ学」を学ぶ
本州以南では全地域に見られるアユも北海道では後志地域が北限。アユの一生は、ほぼ1年で終る。「年魚」と呼ばれるのはそのため。秋に河口付近で生まれ、稚魚の時代は冬の海で生活。春に海から川へ遡上。そして晩秋の頃に短い生涯を終える。(広報 くろまつないNo.435)
課題もある。これまで本州産稚アユを朱太川に放流してきたが、朱太川の天然アユとの交雑で遺伝子のかく乱が起きるという調査結果だ。低水温に抵抗性がある朱太川のアユと低水温に抵抗性がない本州産アユとの交雑で、生存率や繁殖率の低いアユが生まれ、北海道で生きていくために必要な低水温に対する抵抗性が弱くなる危険性が明らかになったという。報告を受けた朱太川漁協では、平成25.26年度の本州産アユの放流の中止を決定したそうである。(広報 くろまつないNo.435)
○アユのふ化場
バスを降り、アユの人口ふ化場を見学。アユの卵をふ化させ、稚魚になる前の段階である「仔魚(しぎょ)」を秋に放流するそうだ。直接、此処から川に移すことができる。入り口には「鮎の供養塔」が建っている。地域の人たちのアユへの感謝の思いが読みとれる。
○「歌才自然の家」で「アユ料理」!
学んだ後で食べるアユ料理はまた格別だ。炭火での塩焼き。そして甘露煮。おまけに地元の新鮮野菜が山盛り。ご飯とお蕎麦、それにデザート。美味しいはずだ。このアユは一尾400円であることを帰りの車中で知り、お客はみんな驚いた。
○ブナ・そして森・川・海
黒松内低地帯以南の地域でもっとも多い樹種はブナ林。繁殖を拡げつつ北上してきたブナは約千年前に黒松内に到達したとみられている。だが、こうして本州から続いてきたブナ林の連続的な分布がここで突然途切れる。昭和3年、貴重な原生林として、黒松内町歌才のブナ林(国有林)は、国の特別記念物に指定された。
ブナは落葉広葉樹。針葉樹は風の力を利用して花粉や種子を遠くに飛ばすが、落葉広葉樹は鳥類やクマなど動物に恵みを与え、これらの動物を利用して繁殖する。そういえば、木の実が赤や橙など派手な色をしているのは、鳥を呼び寄せるためと以前、聞いたことがある。美しく装って「食べて!食べて!」と他の動物を誘惑するのも子孫を残すため。一方、実を食べた動物は糞としてアチコチに、その種子を落としていく。期せずして樹木の繁殖をお手伝いしているというわけだ。
ブナの特徴は、葉をつけるのが飛びぬけて早いこと。北国のブナの葉は柔らかく薄く太陽の恵みをいっぱい受ける。この栄養たっぷりのブナの葉は虫たちのご馳走だ。秋のブナの実は脂肪分たっぷり。地面に落ちた実はアリの大好物。重くても運んでいく。枯れて落ちた葉にも大切な役目あり。落ち葉は腐らず何層にも重なる。積もったブナの落ち葉はゆっくりと分解され、土地を肥沃にする。湿気の中でキノコも発生。保水力が大きいのもブナ林の特徴。雨水を留め、洪水を防ぐ。雨は木々を伝い、大地に浸み込みながら長い時間をかけて沢を流れ、栄養豊かな水をやがて海へと流し込む。河口部は森の恵みでいっぱいだ。川に積もった水中の落ち葉を産卵場所として利用する生き物もいる。また、落ち葉に張り付いて巣を作り、衣食住の全てを落ち葉に頼って生きる水生昆虫もいる。森から川に落ちる陸生昆虫などもいるだろう。これらを魚が食べ、魚は鳥たちの獲物になる。森から流れる川の水(淡水)は、河口域で海水と入り交り、汽水域という環境をつくる。川から流れ込む淡水の量は雨量によって変化するが、海水は塩の干満で規則的。そのため、塩分濃度は時刻により、日により異なる。海水の塩分濃度から身を守り、生活できる生物もいる。たとえば、西表島のマングローブなど。こうして、森と川の存在は、沢山の生き物に恵みを与え、生態系の多様性をつくり出すことに寄与している。
○銀龍草(ギンリョウソウ)
ブナ林の落ち葉の中に、車中の講義でお聴きした光合成をしない花を見つけた。色素はなく全体が陶器のような白色。肉厚。高さ10センチもあるだろうか。俯いてひっそりと立っている。帰宅後、調べたら別名「ユウレイタケ」。光合成に必要なクロロフィルの持ち合わせがないため、地中の微生物から栄養をもらって咲いている。持ち帰って庭に植えても根付くことはムリ。この花が生きるには共生してくれる微生物という相棒の存在が必要なのだ。
○ブナ林散策
昼食後、降ったりやんだりの雨の中、近くのブナ林散策。国の特別記念物である歌才のブナ林は遥か彼方の川の向こう。1キロ歩いて針葉樹林を抜け、そのまた先にあるという。
この目で見たブナの木は灰白色。丸い大小の水玉模様がある。しかし、これは「地衣類」とよばれる藻類と菌類が共生した植物が張り付いているもの。樹の独自の模様ではないそうだ。だから、模様はさまざま。同じ模様は二つと無いことになる。台風で落ちた新鮮な小枝を拾ってきた。葉っぱで栞を作るため。
○森の恵みは生命の基盤
森の恵みが清流を作り、田畑を潤していく。森や川、海などの自然が本来の健全な状態にあることで、私たちは水や空気、農産物や魚介類などの自然の恵みを得ていることを改めて思い知った一日であった。
この原稿を書き終えた8月14日。森で拾い、本に挟んでおいたブナの葉は見事に栞として完成しておりました。
公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」 代表 武田佳世子
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