2018年 5月13日、桜が散ったあとの小雨の日。
「シカ肉を安心してたべるための知識」の講座を持ちました。講師は、社団法人 エゾシカ協会 籠田 勝基 先生です。
先生は、東北出身です。冒頭に、少しお国訛が残る温かな語りで、北大で獣医学を学び、道庁に入られた後は、戦前に作られた滝川飼羊場などで勤務され、その後、北大や鳥取大で獣医師の育成に携わられた経歴をお話しくださいました。
当倶楽部は、「駆除された鹿を廃棄物にしない。自然の野山から生産された優良な資源として、命を活かすために、有効利用をしましょう、鹿肉を食べましょう。」と提言しております。しかし、鹿は野生動物であり、鹿やイノシシなどの肉は、牛、馬、綿羊、山羊や、食鳥と違い、と畜場法にその扱いが定められていません。鹿肉が不特定多数の消費者に販売されるとき、食品衛生上、どのような問題が起こるのかを学ばせていただきました。 以下は、講座の概要です。
エゾシカの有効利用の現状として、近年、10万頭が捕獲されている鹿のうち、食品衛生法で定める食肉処理場を経由して処理されたのは10~15%にすぎない。回収不能だった個体や自家消費されたものを含めても捕獲数の85%の利用状況が明らかでないのは問題だった。もし、その中に流通販売されているものがあるとすれば食品衛生の観点から看過できないことであり、速やかに実態を明らかにして対策を講じる必要があった。
シカは野生動物であり、と畜場法にその扱いが定められていないからである。強いて言えば、それらの野獣肉については、どのように捕殺してもいいし、どう処理しても良いということ。食するなら自己責任である。
但し、野獣肉であっても食肉として販売される場合は、食品衛生法の管理下におかれるため、食肉処理業の許可を受け、一定の衛生的基準を満たした施設、工程のもとで処理されたシカ肉だけが販売されることになる。
問題は、捕獲、解体の段階では法的規制を受けることがなく、また解体処理の工程についても、と畜場のような具体的な基準は定められていないということであった。そこで、2006年に籠田先生が関わり、北海道として、エゾシカ肉の安全性を確保するため「エゾシカ衛生処理マニュアル」を策定した。 これは、と畜場で 行われ ている衛生管理法を基本にしたもので、従来のハンターに不足していた被毛や消化管内容物による汚染、器具や作業者からの汚染を防止するための洗浄や消毒を重視したものである。基本的にHACCPの考え方で、捕獲個体の捕獲状況や処理作業などを記録し、トレーサビリティを担保する。しかし、これには解体処理工程が含まれず、この点についての改善が必要とされた。
「と畜場法」
と殺前に屠畜検査員(獣医師)による検査が義務付けされている。解体後も衛生検査を行って、枝肉などの安全性を確保する。
一頭、一頭、獣医師の目が通っている。
と畜場に持ち込める家畜は5種類。
シカ肉は、食肉処理場で解体される。食肉処理場の条件は、処理場を設置する際の設備などに対するもので、解体処理された枝肉などを検査する公的なシステムはない。衛生検査という意味では、家畜とシカではその状況は全く異なる。
「エゾシカ衛生処理マニュアル」は、エゾシカ処理業者に対する指針であるため、消費者側から見たエゾシカ肉の安全性を保障する制度が望まれた。そこで、2007年、社団法人エゾシカ協会により「エゾシカ肉認証制度」が創設された。
認証の条件は次のとおりである。
①「エゾシカ衛生処理マニュアル」に準拠した処理を行う
②処理工程と作業手順書の作成
③各種点検記録表の記載と保存
④ トレーサビリティ用サンプル肉の冷凍保存
⑤立ち入り検査
⑥枝肉表面の細菌ふき取り検査
・以上の項目について専門家(獣医師を含む)による委員会で合否を決定する。
・合格した処理場には認証シールの使用を許可する。
その後、北海道は安全安心なエゾシカ肉の提供のため、条件を満たしたエゾシカ肉処理施設を北海道が認証する制度を平成28年度に導入した。平成30年7月には国レベルで行う予定。
〇シカからの感染症
シカからの感染が危惧される感染症は次のようなものがある。
① E型肝炎
E型肝炎ウイルスの感染でおこる。食肉を介した人獣共通感染症だが、日本では野生のイノシシが原因となることが多い。
通常の加熱処理で感染性を失うので、十分な加熱処理を行えば感染の危険はない。
② 慢性消耗病(CWD)
CWDはBSE同様にプリオンというタンパク質が原因である。BSEが人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の原因となる可能性 が
極めて高いことから公衆衛生上、大問題となっているが、日本での発生の可能性は極めて低い。
③ 腸管内細菌の感染による食中毒
年間3~4万人発症している我が国の食中毒の70%以上が細菌性であり、その80%近くが動物の腸管由来の細菌である。なかで
も大腸菌O-157は牛や鹿の腸管内に常在するとされる。解体処理及び食肉処理工程の衛生管理、特に、消化管内容による汚染防止が
要求されるが、食中毒を起こす細菌はいずれも加熱によって死滅するので、十分な加熱をすべきである。
④黄色ブドウ球菌による食中毒
健康者の20~30%が本菌を保有しており、食品を調理する人の手や指からの汚染である。予防には、解体処理工程の衛生管理
の徹底、作業従事者の手洗いの徹底などが必要である。現在、鹿肉を原因とするブドー球菌中毒の報告はない。
⑤肝蛭症
肝蛭は反芻獣の肝臓内胆管に寄生する寄生虫である。肝蛭の人への感染率は極めて低いが、鹿に被害を与える寄生虫として注目すべ
きである。
⑥住肉胞子虫症
住肉胞子虫症は人を含む霊長類、肉食獣、猛禽類、爬虫類などを終宿主としてその腸管粘膜内に寄生する。最近、馬肉の住肉胞子虫
による食中毒が確認されたが、鹿肉の生食は危険で、加熱処理を厳守すべきである。
⑦結核病
鹿は結核菌に対する感受性が高い動物であるとされるが、日本の野生鹿での発生の可能性は低い。
〇食中毒予防の3原則
①汚染させないこと(病原菌を付けない)
②やむなく菌が付いてしまった場合は、増えないような対策を取る。
③若干増えてもそれを封じ込める対策をとる。
※⓵病原菌を付けないための注意すべき箇所⇒どこが汚れているのか(腸管内には大腸菌・体表は黴菌の塊 )
〇まとめ
エゾシカは家畜と違い、各種制度、規制で安全性が担保されているわけではないが、食品安全法を中心とする現行制度でも安全性はかなりの程度、担保されている。しかし、法的拘束力を持たない規範、ガイドラインなどは関係者間でその意義を強く共通理解されねばならず、「エゾシカ衛生処理マニュアル」の厳守と、処理場での専門家の育成が課題である。
〇あとがき
先生は、長く獣医学に携わったご経験から、医学と獣医学の根本的な違いについても述べられました。「哲学が違うのだ」と。
「医学は人の命を何が何でも助けるものに対し、獣医学は、経済動物などがそうであるように殺すために飼っている動物も対象とする。時として、殺すという選択も迫られるのが獣医学である。」と。
獣医師として、多くの心痛む場面にも立ち会われたことでしょう。先生は、天台宗の教えである「山川草木悉皆成仏」(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)という言葉に感銘をうけておられて、動物福祉にも強い関心を寄せられておいででした。
たとえ、経済動物で あっ ても、生きている間は、動物たちは福祉的に扱われなければならない。
アニマル ウェル フェアの考えは、誰もが心に留めておかなければならいものだと思いました。
「医学は人をなにがなんでも助け、生かすためにある。それに対し、獣医学は、経済動物のように、殺すために飼っている動物を対象にした学問である。」獣医学に長く携わられた先生のお話しから感じられるのは、命に対する敬虔な想いでした。
(森 裕子:記)
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