エゾシカ肉は魅力ある食品である。栄養成分や効能はトップページに示した通りだ。一方、シカは野生動物であり、寄生虫やE型肝炎ウイルスを保有している可能性がある。だが、家畜ではないため、「と畜場法」の対象外。牛や豚などの家畜であれば、成育から厳格に管理され、食肉処理時には、獣医師立会いのもと、病気の有無を調べる厳密な検査が義務付けられているが、野生鳥獣には、それがない。食肉として、流通経路に乗れば「食品衛生法」の規制を受けるが、捕獲、解体の段階では法的規制を受けることがない。野獣肉については、どのように捕殺してもいいし、どう処理しても良いということ。食するなら自己責任。食肉としての安全性が保障されていないリスクの高い食品であるといえる。しかし、これでは食べてもらえない。
そこで、北海道は衛生的な処理に向け、H18.10月に全国に先駆けて、「と畜場法」を代替する「エゾシカ衛生処理マニュアル」を策定した(H27.4月改定)。野生鳥獣肉(ジビエ)の安全性を確保するため、狩猟者、食肉処理業者、飲食店営業者等が共通して守るべき衛生措置が記載されている。食用として供するに疑わしいものは、廃棄することを前提に具体的処理方法について記載されている。
■消費者も注意
① 十分な加熱をして喫食(中心温度が75℃で一分間以上)。生食しない。
② まな板、包丁等使用する器具は、他の食材に使用するものと使い分けする。
③ 処理終了ごとに洗浄・消毒し、衛生的に保管する。
「エゾシカ衛生処理マニュアル」と関連法律
「西興部ワイルドミート」(鳥獣処理加工センター)
鳥獣処理加工センター
延べ床面積:228.37㎡
平成26年3月20日完成
指定管理者:養鹿研究会
利用料金:3,000円/頭
加工室1,000円/日等
以前は、エゾシカハンターが、狩猟したシカを車で自宅に持ち込み、倉庫などで解体して食肉にしていたが、これらは既に血が固まり、肉は生臭くて美味しくないと言われ続けていた。
上図は牛や豚などの家畜と、エゾシカなどの野獣肉の流通の仕組みをまとめたもの。上の方が家畜の流れ。育成時から、伝染病予防や、飼料に関する法律の規制があり、と殺する際に獣医師が立ち会い、と畜検査が行われた上で食肉処理施設へ持ち込まれる。一方、エゾシカは下の野獣肉の流れ。エゾシカは野生ゆえ、と畜場法の対象外。どこで暮らし、何を食べていたのか分かったものではない。ハンター氏が山の中で捕獲し、食肉処理場へ持ち込む形になる。このため、食肉になることを捕獲の段階から意識し、衛生的な処理ができるように、平成18年、全国に先駆けて、北海道が「エゾシカ衛生処理マニュアル」を策定し、遵守を呼びかけている。
なお、レストランや販売店への提供の為、食肉処理する場合は、食肉処理業の許可を受けた施設で処理してもらう必要がある。レストランで、「ハンター直送」などと書いてある場合があるが、ハンター氏が自ら許可を得た施設で処理しているのであればOKだが、ハンター自らが山の中で解体した肉をレストランで提供したり、飲食店業の許可しかない人が食肉処理して提供した場合は、食品衛生法に抵触することを消費者も留意しておく必要がある。
*「と畜場法」
規制の対象となる獣畜は、牛、馬、豚、めん羊及び山羊(第3条)。
この法律により、と畜場以外の場所での獣畜のと殺・解体は規制される(第13条)。これは、獣畜からの感染症の蔓延を防止するための規制。
*<西興部ワイルドミート>
野生動物を解体・食肉加工を行う、鳥獣処理加工センター。保健所の許可を受け野生鳥獣の処理と特産品を試作する加工機能を併設した施設。(H26年3月20日完成)
■エゾシカ肉処理施設認証制度(H28年度より)
北海道は安全安心なエゾシカ肉の提供と販路拡大、ブランド化を図るため、下記の取得要件を満たした施設を認証し、認証施設で生産した製品にはマークを表示できるようにした。
「認証の要件」の主な項目
(1)エゾシカ衛生処理マニュアル(平成18年10月北海道作成)を遵守。
(2)北海道食品評価基準HACCP(ハサップ)で、評価段階A以上を取得。
(3)出荷する製品について、書面上でトレーサビリティが可能。
などの、要件を満たしたエゾシカ肉処理施設を認証し、認証を受けた施設で生産されるエゾシカ肉
及びその肉を使用した加工品には、ロゴマークを表示できる(※事前に使用許諾を受ける必要あり)。
有効活用の促進(認証施設)
道内で、約90か所稼働しているとされる処理施設のうち、道の衛生基準を満たした認証施設は年々増えているが、コスト高に結びつくためか16カ所にとどまる(令和2・1月現在。)
(令和5・10月現在→20施設)
道が食肉処理の安全性を保障する認証制度。認証を受ける処理場が増加すれば安全性の高いシカ肉としての付加価値が付き、ブランドとして定着する可能性は高い筈。しかし、肝心の利用率はイマイチだという。何故だろうか。道のHPで「エゾシカ肉処理施設認証制度実施要綱」「認証申請書」等を読んでみたが、国の認証制度より基準が厳しいというだけに、手間ひまかかる。処理場の大半は1~2人の最小人数で作業しているところが多いようだ。それが現実なら対処は難しいだろう。有効期間は認証の日から3年間。更新のたびに費用もかかる。
しかも相手は野生のシカ。安定的に受け入れ出来るという保証もない。保証がないのに、基準を満たすための設備投資など不可能に近い。認証施設ともなれば捕獲したシカの受け入れ基準が高くて当然。獲物を持ち込む側にすれば、受け入れ基準の緩い施設を選びたい。獲物は認証外施設に流れていく。問題は資金の多寡にありそうだ。一般の人が当制度を知らないことも大きな課題。PRが必要なのだ。これにもコストはかかる。道は「道外イベントなどでPRしたい」との構想を持つ。だが、道民にもっと知らせる必要はないのだろうか。道民が我が故郷の特産物エゾシカの認証制度を熟知し、誇りとし、道外からの知人や友人に語り伝える環境作りも必要ではなかろうか。
2019.10.13(日)北海道新聞(朝刊)に掲載された記事には「 …加工業者でつくるエゾシカ食肉事業協同組合事務局長で、自らもオホーツク管内斜里町で食肉処理施設を経営する富田勝将さんは「道内の利用量が増えている実感はなく、被認証施設に流れているのではないか。安全性が担保されているか心配だ」と話す。道は「安全安心な北海道のエゾシカのブランドを確立していくために、認証施設を増やしていかなければいけない(生物多様性保全課)」としている。理想だが、実現には年数がかるだろう。
■2020.4.10(金)、4.11(土)の北海道新聞(朝刊)には、「シカ解体施設 残骸放置」との見出しが躍った。上川管内N町が所有し、札幌市の合同会社が運営していたエゾシカ解体処理加工場の敷地と建物内に、シカの頭部などの数十頭分の残骸が腐敗した状態で放置されていたことが9日に分かったという。工場は今年1月頃に操業停止、会社は破産手続きに入るため、町が残骸を処分するとのこと。国の交付金2500万円、町の補助金1800万円、北星信金の融資3000万円を受け、総事業費7300万円でスタートした官民事業は僅か3年で頓挫した。
公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」 代表 武田佳世子
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