鹿は「くすり」として使えるのか?  2020.6.16


鄭 権(薬学博士 北海道鹿美健 代表)


前回、鹿に由来する生薬は十数種あり「鹿は全身が宝物」とお伝えしましたが、実際に市場であまり見かけないため、「鹿って、本当に全身を薬として使えるの?」と思う人もいるでしょう。

今回は、鹿は「くすり」になるのかについてと、鹿に由来する生薬を日本ではあまり見かけない理由をお話していきたいと思います。


撮影:湯村晃尚美さんのシカ写真
撮影:藤女子高校2年 湯村晃尚美さん

医薬品の規格を定めた日本薬局方

日本薬局方は、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第41条により、医薬品の性状及び品質の適正を図るため、厚生労働大臣が定めた医薬品の規格基準書です。 


初版(JP1)は明治19年6月に公布され、JP9からは5年ごとに改訂、現在では、第十七改正日本薬局方(JP17)が公示されています。この日本薬局方に収載されている医薬品は「局方品」と称します。現在使用されているJP17では 1962 品目が収載されています。この中で、生薬や漢方製剤は「医薬品各条 生薬等」として324品目が定められています1。



例えば、よく知られている「ニンジン」「葛根湯」などは、その生薬の基原や性状、確認実験などが日本薬局方に定められています(1)。「日本薬局方」の他、生薬や漢方薬に関わる主な公定規格である「日本薬局方外生薬規格」「一般用漢方製剤承認基準」も存在します。それらには日本薬局方に将来収載される可能性のある成分が収載されています。例えば、「阿膠(アキョウ)」「生姜エキス」「牛黄(ゴオウ)末」などが局外生薬として「日本薬局方外生薬規格」に収載されています(2)。


薬機法での鹿の分類

全ての飲食物は、原則的に、食品か医薬品です。薬機法によると、医薬品とは日本薬局方に収載されている物、人または動物の疾病の診断、治療又は予防に使用される物と定義され、医薬品および医薬部外品以外のものはすべて食品となります。

では、「鹿」はどちらでしょうか?

日本では鹿に由来する生薬はいまだに「鹿茸」のみが「日本薬局方外生薬規格」に収載され、「本品はCervusnippon Temminck, Cervus elaphus Linné, Cervus canadensis Erxleben 又はその他同属動物 (Cervidae) の雄鹿の角化していない幼角である」と規定されています(2)。


撮影:湯村晃尚美さんのシカ写真
撮影:藤女子高校2年 湯村晃尚美さん

また、厚生労働省が食薬区分において公表した「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト」に、「鹿茸」および「鹿鞭(ロクベン)」が掲げられています(3)。

ここに掲載された鹿茸は、シベリアジカ、マンシュウアカジカ、マンシュウジカ、ワピチの雄の幼角が含まれます。鹿鞭はシカの陰茎・睾丸であり、別名を「鹿腎(ロクジン)」と言います。この医薬品リストに掲載されている原材料はいわゆる健康食品に使用することはできません。



というわけで、日本において、「鹿茸」と「鹿鞭」は健康食品には使えず、医薬品のみとして販売・流通できます。医薬品のデータベースで検索すると、鹿茸配合の医薬品は123件がヒットしました。多くは栄養ドリンク剤ですが、「救心」のような知名度の高い医薬品も鹿茸を配合しています。ほかの鹿部位は薬機法に基づいて食品や健康食品として使用されています。


漢方医学は「薬食同源」といって、医薬品と食品にきっちり線を引きません。漢方という薬は、薬効別に上品(じょうほん)、中品(ちゅうほん)、下品(げほん)に分類しています(上薬、中薬、下薬ともいう)(4)。上品は無毒で長期服用が可能、食品にも近く良い生薬です。漢方の本場中国においては、医薬品国家標準の「中国薬典(2015)」に、単味生薬として鹿茸、鹿角、鹿角膠、鹿角霜が収録され、漢方製剤として全鹿丸や亀鹿二仙膏、亀鹿補腎丸が収録されています(4)。また、厚生労働省に相当する中国衛生部が公表した漢方製剤指導標準である「衛生部薬品標準中薬成方製剤」に、参茸鹿胎膏(さんじょうろくたいこう)や鹿骨膠など、39種の鹿製品漢方製剤が収載されました(5)。日本では、薬機法により鹿製品は食品扱いですが、漢方医学においては、鹿製品は食品として美味しくいただける一方、明確な薬効を持っている「くすり」です。医薬品か食品かの分類が変わる理由は、薬効のことだけではなく、法律の決まりによるのです。


zennrokugan1の写真
zennrokugan1
zennrokugan 2の写真
zennrokugan 2
kiroku1の写真
kiroku1


現在、北海道では、害獣として駆除された鹿は、一部の食肉、ペットフードなどの利用を除いて、医薬資源としてほとんど利用されていません。特に皮や骨はほぼ利用されず、産廃物として焼却処分されています。せっかくいただいた命を、そのまま廃棄するのはとても悲しいことです。鹿を利用し尽くすのは難しいですが、貴重な漢方薬材として、鹿の良さを少しでも多くの方に伝えられれば嬉しく思います。そして、漢方医学の視点から、美容や健康など現代生活に役立つ生薬や処方を紹介していきたいと思います。


参考文献

1. 日本薬局方(JP17)

2. 日本薬局方外生薬規格

3. 専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト 厚生労働省

4. 中国薬典2015

5. 衛生部薬品標準中薬成方製剤