シカと森林生態系の話(エコシステム)2020.3.11


環境技術士・林業技術士  青柳正英


1、森林生態系の概要(エコシステム)


青柳正英講師の写真
青柳正英講師

日本の森林面積は2505万㌶、国土面積の66%を占める。国土の2/3が森林である日本は、いわば「森の国」だ。だが、近年は林業の衰退化に加え、シカの食害による森林の荒廃が指摘されている。

私たちは、この国の緑を守りたい。森林の機能を基礎から学ぶため、2019.11.10、2020.2.16の2度にわたり環境・林業技術士として森の現場を知る青柳正英氏を講師に迎えてお話を伺った。

帰郷していた山梨県から戻られたばかりという氏が冒頭で語ったのは、「近畿地方以南ではバイオマス発電のために森林を伐採。その跡地に植林をしても、シカが食い荒らすので木が育たず裸地状態。雨で浸食され、大雨ごとに土砂崩れ、山崩れが頻発し、ひどい状況が発生している」という驚くべき内容だった。


解説する青柳講師と聴き入る参加者の写真
解説する青柳講師と聴き入る参加者

森林には色々な樹木が生育している。地表近くには、様々な草本や灌木、樹木の稚・幼樹が生育。森林空間には、昆虫、鳥、獣など動物も生息している。地表には、落ち葉や枯れ枝、さらには動物の死骸や排泄物などが堆積し、地中に生息する昆虫や小動物、微生物などにより細かく分解され、風化した岩石や火山灰などと混じって独特の森林土壌が形成される。


このような生物の集まり(生物群集)とその周りの環境(大気、水、気象、大地等)をあわせた構造を生態系(エコシステム)といい、森林を中心とした生態系を森林生態系と呼ぶ。この他、草原、海洋、湖沼、高山、沙漠などにも生態系は形成され、それぞれ、草原生態系、海洋生態系・・・と呼んでいる。



生態系では、先ず、植物の葉で空気中の炭酸ガスと地中からの水、太陽の光のエネルギーによって葉緑素により有機物(デンプン)が生産される(光合成)。これに地中や雨中の窒素、リン、鉄、マグネシュウムなど色々な栄養塩を取り入れ、葉や花、果実それに植物体を構成する枝、幹、根を造成する。これを植物による物質生産と言い、緑の葉を持つ植物を生産者と呼んでいる。


〇光合成とは

樹木は、大気中から葉の気孔より吸収した炭酸ガスと、根から吸い上げた水を原料として、太陽のエネルギーと葉緑素の働きにより糖(有機物)を造り、酸素を放出する。これを光合成又は炭酸同化作用と言う。一方、太陽の光の当たらない所や夜間には、これと逆の異化作用が起こり、動物と同様に酸素を 吸って、炭酸ガスを吐きだす呼吸を行う。


森林内では、昆虫(主に幼虫)やリス、ウサギなど草食動物が葉や果実などを食べ、これをカエルやクモ、トンボ、ネズミ、鳥類などが、更に、ヘビやキツネ、ワシなどの肉食の鳥獣などが食べて(以上を消費者という。)生息している。


これらの動物の排泄物や死骸は、シデムシなどの腐食性昆虫などに食べられ、その残骸は落葉、落枝と一緒になってミミズやトビムシ、ササラダニ、ダンゴムシ、シロアリ、各種線虫、さらにはカビやキノコ、バクテリアなどの土壌微生物(以上を分解者という。)により細分され分解されて土壌となり、地中に戻っていく。


このように、生態系内には、「物質循環」や「エネルギーの流れ」があるため、自然林では、樹木に肥料や特別の栄養素を与えなくても自然の力で成長、更には再生が可能となる。この生態系のエネルギーや物質循環こそが、森林の持つ多様な働き、森林機能の源泉であり、 森林(自然)を守るとはこの森林生態系の構造を守ることである。



2.森林の多様な働き


①森林には、降った雨を森林土壌に貯留、河川に流れ込む水量を平準化、洪水を緩和するなど、冬期間に降った雪を森林内に長く積雪として保留し、春先に雪融け水として流出するなど「水を育む」機能を有する。また、雨水が森林土壌を通過することによりリンを少なくし、カリウムやカルシュームなどのミネラル分を多くし、良質の飲料水とする「水質浄化」機能がある。


②森林には、下層植生や落葉、落枝が、雨水による「地表の浸食を抑制する」と共に、樹木が地中に根を張り巡らせることにより、「土砂の流出や崩壊を防止」する機能がある。


③森林は、植物以外の動物、鳥類、昆虫類、さらには土壌微生物や河川生物等、多種、多様な「生物の生息、生育の場」として、また、野生動物の「貴重な隠れ家」としての機能を持つ。 


④森林には、地球温暖化の原因となる炭酸ガスを吸収し、水分の蒸発による潜熱の放散など「自然環境を緩和する」機能がある。


⑤森林には、登山、ハイキング、行楽、スポーツ等の場を提供する他、フィトンチッドに代表される樹木からの揮発性物質による森林浴など直接的な「健康増進効果」がある。又、森林景観は行楽や芸術の対象として人に感動を与えるなど、日本人の自然観の形成に大きく関わり、さらに、環境教育や体験学習の場としても重要な「教育的、文化的な役割」を有している。


⑥森林は根から吸収して水を葉から蒸・発散することにより、夏は涼しく、冬は暖かくするなど気候を緩和する。又、風や騒音を防ぎ、森林の樹冠により粉塵や排気ガスなどを吸収し、「快適な自然環境形成」に寄与している。


⑦森林は、木材をはじめ木炭やウルシ、キノコなど「林産物を生産」し、古くから生活に必要な資材を提供してきた。さらに、優れた木製品、木材加工の技術などを伝承することにより、日本独特の「木の文化を創造」してきた。 


以上みるように、森林の機能は、区分の仕方により数え切れないほど多くなり、その機能は多様性の一語につきる。しかし、各々の機能は、それ一つだけでは完全なものは少なく、他の機能と補完し合いながら大きな又他に類のない効果を発揮する。それ故、森林機能の保全には広大な面積の森林、多様な森林を必要とする。以上より、森林の保全の基本は、先の示した「森林生態系(エコシステム)の保全」に尽きるといえる。 


3.森林の水源涵養機能


森林に降った雨は、林内雨や樹幹流として地面に到達し、スポンジ状の土壌孔隙中に浸透して行く。森林土壌に浸透した雨水は、大きな孔隙中では早く、小さな孔隙中ではゆっくり移動する。

そのため、多量の降雨があった場合には、一度に大量の水を流出させない、又、降雨のない場合でも徐々に流出させる機能を持っている。これを「森林の水源涵養機能」と言い、水資源の貯留洪水の緩和水質の浄化という三つの機能に区分される。

また、森林は土砂の流出や崩壊を防止し、ダムの堆砂を防ぐなど水の供給に大きな役割を担っており「緑のダム」とよばれている。 

出典:太田剛彦毅彦「斜面における水分循環の各主成分(1996)」より林野庁作成



 1 水資源の貯留機能

 我が国の山地は一般に急傾斜であり、森林に降った雨は、いったん土壌の隙間に蓄えられ、ゆっくりと時間をかけて川に流れ出ます。このように、森林には山に降った雨(融雪水)を川に流出するのを遅らせる作用がある。これら森林により安定的に河川流量が確保できることを水資源の貯留機能という。 


出典:村井宏・岩埼勇作「林地の水および土壌保全機能に関する研究」1975年より林野庁作成

2 洪水の緩和機能

森林に降った雨は、様々な経路を辿りつつゆっくりと川に流出していることから、森林には降雨時における川への流出量のピークを低下させたり、遅らせるなどの働きがあり、これを洪水緩和機能という。色々の実験や観測によると次の通りである。 

森林土壌が雨水を浸透させる能力(浸透能)は、草地の2倍、裸地の3倍

滋賀県田上山(たのかみやま)の調査では、森林地帯の流域からのピーク

 時の流出量は、植被のない裸地からのピーク時の流出量の約110以下。



3 水質の浄化機能

森林土壌は、落葉などによる有機物の供給や土壌微生物の働きにより、孔の多いスポンジ状になっており、雨水をすみやかに地中に浸透させる働きがある。この過程で、濁りを抑えたり、水の汚れに繋がる物質を取り除かれ水質が浄化される。更に、土壌中の岩石に起因するミネラル成分がバランスよく溶け出し、中性に近い水が流出することにより、森林は美味しい水を作り出すと考えられる。

このような森林の働きは、水質の浄化機能とよばれている。 


森林と水の関係については、昔から色々な研究が続けられてきたが、まだまだ不明な点が多く、現在も研究が続けられている。例えば、森林自身も生育する上で水を必要とし、森林で覆われた流域からの総流出量は、植生の少ない裸地地帯からの総流出量よりも水量が少ないことが確認されている。

森林がなければ雲は発生せず、沙漠の降水量が少ないことも経験的に知られている。しかし、熱帯雨林などの森林の減少により異常気象が頻発し、気温や降水量、その分布も変化している。このように、気象変動も様々な要因を複雑にさせる大きな原因となっている。