◇◆ガイド付きハンティングで地域おこし


西興部村猟区によるエゾシカの地域管理


NPO法人西興部村猟区管理協会 伊吾田順平


■社会問題となった野生動物の増加


  

最近は報道等でもよく取り上げられ、ご存知の方も多いかもしれませんが、野生動物の個体数の増加また人間の生活圏への侵入により、全国的に農林業被害・人身被害・交通事故などが社会問題になっています。北海道の野生動物を代表するエゾシカは明治時代の乱獲と大雪により絶滅寸前まで減少しましたが、その後の保護政策などにより、平成になって急激に増加し、2012年の農林業被害額は約63億円となっています(表1)

 
表1.北海道における農林業被害額(北海道資料より作成)
表1.北海道における農林業被害額(北海道資料より作成)

エゾシカは春から秋にかけては主に野草や牧草などを採食し、冬はササや樹木の冬芽や樹皮、稚樹を冬期間の主要な餌とする。シカの食害による森林の更新への影響や、下層植生の採食やシカが林内を歩くことによる踏みつけによる下層の裸地化により、土壌の流出など生態系への影響が顕著になっている。さらに、年間2千件以上のエゾシカによる交通事故が発生しています。エゾシカの生息数は全道で59万頭±20万頭と言われています。2012年のエゾシカの捕獲数は14万4千頭と過去最高を記録し、昨年度に引き続き、全体の生息数における増加率分を上回る捕獲数となったが、東部地域、西部地域ともに高止まりの状態にあり、依然予断の許さない状況にあります。さらに野生動物管理に不可欠な存在となっているハンターの人口が高齢化などの要因により減少の一途をたどっています。昭和50年代には約2万人いた北海道のハンターは、現在では約8千人まで減少しており、今後もハンターの減少が予想されます。


西興部村では、エゾシカを地域の自然資源として位置づけ、2004年より全村を鳥獣保護法に基づく「猟区」に設定して、ガイド付ハンティングによって管理しています。「猟区」とは鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律の制度の一つです。これは、入猟者数・入猟日・捕獲対象鳥獣の種類・捕獲数などについて管理者が独自の管理をすることができる有料の猟場のことです。猟区では入猟承認を取得して、管理規定を守らなければ狩猟ができません。この猟区の制度を利用して、地域にあった独自の鳥獣管理を行うことができます


西興部村は北海道東北部、オホーツク海から25km内陸に位置した、人口約1,100人の山村です。基幹産業は酪農と林業で、全面積30,812haのうち、89%を森林が、5%を農地が占めている。農業はすべて専業の酪農であり、農地の殆どを牧草地が占め、森林は針広混交林が広がり、一部トドマツやアカエゾマツ、カラマツなどの人工林が散在しており、エゾシカの良好な生息地となっています。西興部村には1990年から地元有志からなる村養鹿研究会が存在し、30頭規模の観光用の鹿牧場公園と野生のエゾシカ主体の食肉処理施設を運営しています。鹿牧場公園は観光客や地元の子供達の憩いの場になっていて、食肉処理施設で加工された鹿肉は地元ホテルの人気メニューともなっています。


西興部村猟区の活動目的は、1)エゾシカ個体群管理による農林業等被害の抑制、2)ガイド付の狩猟によって安全な狩猟の実現、3)村外ハンターの誘致による地域経済への寄与、4)野生動物管理の担い手としての狩猟者の教育、5)次世代型の野生動物地域管理システムの構築です。以上の目的のため、次のような活動内容を行っています。1)全国のハンターを対象に地元ガイド付きのガイドハンティングツアーを行う入猟事業、2)野生動物管理の担い手としての狩猟者やレンジャーを育成するために、狩猟学・野生動物管理学に関する総合的なセミナーや大学生実習を行う狩猟者教育事業、3)主に村内の小学生を対象として野生動物や植物などをテーマとした自然教育を行う環境教育事業、4)エゾシカを適正に管理するために、ライトセンサス等による個体数指数モニタリング調査や捕獲個体分析、生息地調査および狩猟の詳細な記録による狩猟技術・文化調査等を行う調査研究事業です。


表2.西興部村猟区の主要実績(未発表資料)


■ガイド付きハンティングツアー


当猟区での狩猟は、入猟者1組(1~3名)に1名以上のガイド同伴を義務付け、1日の入猟を2組以内に制限しています。ガイドは猟区内のシカの生息状況、地形および土地利用状況を熟知した地元ハンターです。また村内には温水器や冷蔵庫のある解体処理施設(西興部村養鹿研究会所有、有料)が利用可能なので快適な解体作業をすることができます。これにより、捕獲成功率の向上、発砲時の安全管理および残滓処理の適正化を図り、入猟者に安全でゆったりとした成果ある魅力的な猟場を提供するとともに、地域住民とハンターの軋轢を軽減することができます。2004年からの10年間で467名の村外ハンターが、のべ689回来村し、全国から、のべ1,473人日入猟し、エゾシカ捕獲頭数は1,549頭でした。猟区に関係した村内のホテル森夢への宿泊数は、3,391泊でした。(表2)


■ハンティングスクール


西興部村猟区では野生動物管理の担い手としての次世代ハンターを育成するために初心者ハンターまたは狩猟や野生動物に興味のある方を対象として、西興部ハンティングスクールを開設し、各種セミナーや学生実習を行っています。

ここでは、数日間の課程の中で、狩猟学や保護管理学、および捕獲・解体・料理の方法などの狩猟技術を総合的に学ぶことができます。特に、初心者ハンターが実際に地元ガイドと出猟する実践的な出猟実習は参加者の心を惹く魅力的なカリキュラムの一つです。また、昨年度から新人ハンターセミナーを<基礎編>と<応用編>をそれぞれ1回ずつ開催し、さらなるカリキュラムの充実を目指しています。


<基礎編>ではエゾシカ流し猟・基本的な解体、調理、室内講義では流し猟の概要・狩猟学・銃の取扱いの練習や安全確認・シカの生態や感染症について学びます。

<応用編>では積雪期における狩猟法について(山スキー・ストーキング猟等)・衛生管理に即した解体および現場での解体、調理、室内講義では流し猟の概要・狩猟学・野生動物の管理について学びます。特別講師には狩猟および野生動物の生態学・行動学に造詣の深い酪農学園大学生命環境学科狩猟管理学研究室の伊吾田宏正氏と野生動物の生物学・食肉衛生に造詣の深い独立行政法人森林総合研究所北海道支所森林生物研究グループの松浦友紀子氏を迎え、より奥行きのある教育内容になるように努めています。2004年からの10年間で67回開催し、全国から、のべ978名の方が来村しました。




■エゾシカの魅力を伝えたい


2011年から、エゾシカの多様な魅力と、西興部村の雄大な自然を一人でも多くの人に体験していただくことを目的として、「西興部エゾシカエコツアー~ハンティング見学からジビエ料理試食会まで~」を開催しています。2泊3日のツアーで参加者はエゾシカを取り巻く現状やシカ肉の魅力などの室内講義・タンニンでなめしたシカ革キーホルダー作り・ナイトアニマルウォッチング・エゾシカハンティング見学および解体・ヒグマの痕跡やヒグマについて学ぶ林道散策ツアー・清流興部川での渓流釣り・ジビエ料理教室(ブロック肉の筋引きや切り方、バーベキューやシカ肉の柔らかスモーク・ハンバーガーなど)・ジビエ試食会・放牧で乳牛を育てている牧場の見学と盛りだくさんのプログラムを体験しました。西興部村は、四季折々様々な魅力を見せてくれます。それぞれの季節に対応したプログラムとエゾシカの魅力を今後とも発信していきたいと思っています。

シカ革クラフトの様子
シカ革クラフトの様子
ジビエ料理教室の様子
ジビエ料理教室の様子


■西おこっぺ村ワイルドライフ教室の開催


 

西興部の天然林主体の森林にはヒグマやクマゲラなど貴重な野生動物が生息し、ダムの少ない河川にはカラフトマスやサクラマスが遡上します。しかし、このような豊かな自然に囲まれて生まれ育ちつつも、最近の村の子供たちの間では自然離れが進んでおり、川遊びや森歩きをしたことのない子供たちが増えています。


 

 

そこで、そのような子供たちに地域の自然の豊かさを伝えると同時に郷土に誇りをもってもらうために、地域の野生動物に関する「西おこっぺ村ワイルドライフ教室」を年に3回シリーズで開催しています。これによって、調査などで得られた知見を地域に還元する活動を行っています。2004年度からの10年間で30回開催し、のべ470名の参加がありました。



■調査研究

 

 

エゾシカ個体数管理に必要な基礎資料を得るための調査研究事業を実施しています。猟区内のエゾシカの個体群動態を把握するため、春期および秋期に全村的なライトセンサスを定期的に実施して、個体数指数や性齢などの個体群構造を調べています。


 

 

また、猟区内のシカの個体群動態を監視するために、全捕獲個体について年齢推定や体サイズの記録、栄養状態のチェックなどを行っています。特に2005年度からはエゾシカの狩猟獣としての付加価値を高めるためC.I.Cトロフィースコアー(International Council for Game and Wildlife Conservationによる日本産ニホンジカのトロフィー評価基準)の計測を行っています。


 

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